人権・同和教育研修会2日目&持石海岸

8月23日(水)
 人権・同和教育研修会2日目。昨日だけの参加の予定だったのだが、今日の内容を知り、急遽参加することにした。今日の内容は、「ハンセン病」関係。ハンセン病についてはとてもむごい大変な歴史があったということは知っていたが、どこか遠くのことのような気がしていた。そこで、今回、じっくりと研修をして、正面から見つめてみたいと思ったのだ。それと、発表者が前任校で韓国のことを調べ学習をしたときに講師としてお招きした福原孝浩さんということも理由の一つだった。
 実際の研修は、ハンセン病の人々が人間回復を勝ち取るまで(現在進行形の部分もある)の様子をビデオ視聴と解説という形での報告だった。
 ある程度は知っているつもりでいたのだが、ビデオの中のハンセン病の人々の声、療養所の実態などを知り、本当にあってはならないことが、つい10年前まで実際に行われていたということにショックを覚えた。後で、感想を聞かれたのだけれども、声もでない、そんな思いがした。ハンセン病とわかって、家族から引き離され、いなかったものとされ、本名を名乗れず、死んでもお墓にも入ることができなかった事実、人を人として扱ってこなかった隔離政策、そして、そうしたことが行われていたにもかかわらず、実際には1953年には隔離の必要がいらない治る病気になっていたにもかかわらず、1996年まで「らい予防法」が廃止されずに残っていたということに憤りを感じた。長い間、そうしたことにおかしいと気がつく人、声を上げる人がいなかったということは我々もこの問題と無縁ではないということを突きつけられた思いがした。
 二つ目の報告は、ハンセン病のことを取り上げて授業をした小学校の報告だった。子どもたちの感想がすばらしかった。

 夕方、長男と次男で持石海岸へ行った。長男の宿題に風景画があり、先日私が見てとても綺麗だった持石の夕日を推薦したら、それを描こうということになったからである。次男は海岸でサッカーをして待っていた。今日の夕日もなかなか綺麗だった。

My tracks 2006