毎日というとプレッシャーがかかってしまうので、毎日とはいきませんが、気が向いた時に、そのときに感じていることや近況をこのページに記していこうと思います。自分の足跡(My tracks)として。教育のことアウトドアのこと、いろいろと書いていく予定なのでどうぞよろしくお願いします。

2003年3月

 3月31日(月)「家の荷物もやっと片付け終了」
 異動のため、学校から荷物を持って帰っていたものを整理。3日目にしてやっと終了。終了と同時に頭痛がし始めた。今までの疲れがどっとでたのかもしれない。早めに寝ることにした。 
 3月30日(日)「パソコンの修理だ〜。当分更新できないかも」
 だいぶ前からパソコンの調子がおかしい。まず、音が出ないというとんでもない症状に陥っている。しかし、仕事をする上では音がなくてもなんとかやっていけるので、がまんしていた。しかし、最近ハードディスクの空き容量が少なくなってきたのでデフラグをして快適にしようとしたら、逆に極端に起動が遅くなった。以前は電源を入れて1分ちょっとで立ち上がったのが、このときを境に4〜5分かかるようになった。また、ソフトを立ち上げてもフリーズしたようになり、だいぶしてから思い出したように動き始めるという症状が出てきた。さすがに、これでは仕事にさしつかえるので、何とかして修理したと思っていた、自分でどうしてそうなったのかを調べてみたら、なんと、増設していたメモリーが全然認識されなくなっていた。もともと入っていたのは128Mのメモリーで、購入と同時に128Mを増設して256Mにして使用していたのである。ハードウエアの設定などで確認して、たしかに増設してから256Mで作動していたのである。しかし、この症状になり、もう一度確認してみると128Mしか認識されていなかったのだ。これでは、起動がおそくなるはずである。幸いデオデオで購入したので、パソコンは5年間無料保証。メモリーはIOデータ製の無期限保証なのでたぶん無料でどちらも修理できるはずである。しかし、念のためバックアップをしておかなくてはならない。この作業がとーっても大変。CDRに焼いていくのであるが、今のハードディスクの容量は半端ではないので、必要最小限のデータだけをバックアップした。ホームページを更新できるよう、妻のPCに全部コピーして、これから修理に持って行く。どれだけ期間がかかるかわからないし、ひょっとしたら、ホームページもうまく更新できないかもしれない。
 年度の変わり目なので、やはり、修理はここしかないかとも思う。修理の間は不便になる。
 3月29日(土)「錦川ツーリング」
 今日は錦川のツーリング。詳しくはこちら。
 3月28日(金)「家の片付けが終わらない・・・・」
 学校の片付けは終わったのだが、大量の荷物を家に持って帰った。7年間の重みは荷物の重みでもある。ということで、家の荷物を整理整頓。これが、なかなか大変。もう家の容量がいっぱいいっぱいという感じなので、まずはいらないものを捨てる作業から開始した。しかし、これがくせもの。いるか、いらないかを考えるために中を確認するのであるが、この時、なつかしいものがいろいろと出てきて、それを眺めたり、読んだりしてしまい、一向に作業が進まないのだ。結局夕方まで、作業をしても終わらず、今日はゆっくりできると思っていたのにもろくもその予定は崩れてしまった。夕方からはサッカー日本代表対ウルグアイの試合はあるし、プロ野球の開幕だし、ますます作業を阻むものが・・・・。明日は、カヤックの予定であるので、この後なんとか片付けをしなければ・・・。
 昼前におじいちゃんから電話が。英彦山の頂上からだった。子どもたちも疲れた様子だったが、なんとか登りきったということ。すごい!
 3月27日(木)「安田小とお別れ」
 午前中いっぱいかかって、今度安田小に来られる先生と引き継ぎをした。職員の半数近い異動ということで、例年以上に引き継ぎをしっかりするように、とのこと。研修部の全員が集まって、今までの流れを説明。午後は、他の部が引き継ぎをしている間に、要録をコピーし、中学校にもって行く抄本の準備をした。以前は手書きで写していたので、そのころから比べるとコピーでよくなったので楽なはずであるが、結構時間がかかった。
 夜は、食事の後もう一度学校に行き最終の片付け。山のようだった自分の机の上が何も無くなった。11時過ぎに終わる。いよいよ安田小ともお別れである。そう思うとやっぱりさびしい。最後に鍵を閉め、その鍵をポストに入れた。
 3月26日(水)「いい出会いをありがとう」
 午前中は真砂小に引き継ぎに行った。自分が小学生のころ、複式で学んだのであるが、教師として複式学級のイメージがなかなかもてないでいた。しかし、今日、お話しを聞いて「渡り」(算数など5年と6年に同じ教室で、違うことを、いったいりきたりして教えること)など、今までとは違った大変さを教えていただき、なんとなくではあるが、イメージをもつことができた。引継ぎの後、校舎の中を案内していただいた。とーってもなつかしい。当時の校舎のままで、自分が小学生のころのことをいろいろ思い出した。「ここで、おこられたなあ」とか、「この教室で勉強したなあ」など。意外だったのは、体育館の広さが思った以上に大きかったということである。たいがい、こういう場合は小さく感じることの方が多いと思っていたが、安田小の体育館が小さかったせいもあると思うが、意外に大きかったのでびっくりした。とはいっても予想より大きかったというだけで、他の学校よりは小さいことは小さいのであるが。4月からここで働くのかあと思うと、なんだかとても変な感じがする。
 午後は、安田小学校に行き、職員室の机の整頓や、教科書の整理、教室の整理などして、あっという間に夕方になった。
 夜は送別会。2次会で、みんなでカラオケではしゃいでいるとき、突然,涙が出てしまった。(誰にも気づかれなかったはずだが・・・)安田小の教職員集団が大好きだったんだなあとその涙をぬぐいながら改めて確認できた。ありがとう安田小学校。
 3月25日(火)「息子たちは冒険に出発」
 今朝、息子たち(小3と小1)は二人で列車に乗って宇部のおじいちゃん、おばあちゃんの家まで行った。二人にとっては、冒険である。とは言っても、益田駅まで妻が送り、小郡駅までおじいちゃんおばあちゃんに迎えにきてもらうというものであるが。しかし、二人にとっては、相当な決心がいったようでこの旅を、おじいちゃんに提案されてから迷いに迷っていた。えさをちらつかせられて、やっと行く決心をしたのである。そこんとこはちょっと褒められはしないのであるが、でも、行くことにした息子たちを頼もしく思うのも事実である。初めてのおつかいならぬ、初めての二人旅。昨年は、おじいちゃんに連れられて由布岳にも登ったが、今年は英彦山(ひこさん)に挑戦ということだ。父親からは、サイクリングで鍛えられ、祖父からは登山で鍛えられ・・・・本人たちはどう思っているのか?まあ、鍛えられることはいいことだ。がんばれ!息子たち。
 3月24日(月)「離任式」
 修了式&離任式があった。離任式には、卒業生も参加してくれた。卒業式に間に合わなかった卒業記念CD(おかげで、卒業式の呼びかけと歌もはいったCDになった)を1人1人に手渡した。子どもたちはうれしそうだった。あと、卒業証書の受け渡しの瞬間の写真も1人1人に手渡した。
 午後からは離任のあいさつ。今年度は異動が多いということで例年残った先生で行っていた、いすの移動及び高さの調節を離任者も含めて行って、それから離任のあいさつにまわることになった。そのため、出発が午後2時と少々遅くなった。全部で21軒まわった。4時に終わったのだが、疲れがどっと押し寄せてくるようだった。様子を聞いてみると、益田市内の学校は、今年は異動がものすごく多いということだ。安田小で10名。約半数が異動。益田小も12名、吉田小も17名という異動。今年ほどどこも大きく異動する年はめったにないような気がする。
 3月23日(日)「中須の海岸までミニミニサイクリング」
 午前中、学校に行き、要録の出欠日の部分と進学先の部分を記入した。これで提出できる。・・・・ほっ。
 午後は、久しぶりに、子どもたちとサイクリングにいくことにした。とはいっても、益田川の河口、中須の海岸までの往復9キロぐらいのミニミニサイクリングである。ぽかぽか陽気の中、海岸の漂流物の中でおもしろそうなものはないかを探したり、穴を掘って遊んだりと、たわいもないことをして楽しんだ。漂流物の中で一番おもしろかったものは、ハングル文字が書いてあるファンタのペットボトル。オレンジ色の液体(たぶん中身)が入っているやつだった。変わったものが流れてくるなあと思った。それにしても、漂流物の多いこと多いこと。やはりプラスティック製品、ガラス製品が多い。ガラスは割れたら本当に危険だ。子どもたちと掃除がしたくなるねえと話した。しかし、これだけの漂流物を片付けるのには、何百人が一斉に清掃活動でもしない限り無理だと思う。今度、そういうイベントがあったら参加したいと思った。
 3月22日(土)「要録終了」
 やっと要録の記入(評定、所見、総合的な学習の評価)が終わった。仕事に追われているようじゃあだめだよなあと思うのだが・・・・。仕事を追っかけるぐらいになりたいなあ。いつものように夜中の2時なのだ。
 しかし、この連休はいい天気が続いている。どこかに出かけたいモードであるが、仕事のため涙を呑んでいる。明日は子どもたちとどこかに出かけたいなあと思う・・・どうなることやら。
 3月21日(金)「異動発表」
 今日の新聞に教員の異動が掲載された。実は私も異動なのである。今まで7年間お世話になった同僚や学校や地域の方、子どもたちとお別れするのはさびしいが、ルールはルールなので仕方がない。今度の学校は、ふるさとの真砂小学校だ。とっても小さい学校で複式。小規模校は初めてなので楽しみでもあるし、不安でもある。
 朝、保護者のOさん(お子さんを兄弟で4年間担任をさせてもらった方)から電話がかかってきて、「先生変わるんじゃねえ、なんかさびしくなって電話したんよ。今日夜一緒に食事でもしょうやあ。」とおさそいをうけた。ありがたいことである。要録は終わっていなくても、このおさそいを断るわけにはいかない。
 3月20日(木)「他の仕事がいろいろあって要録にとりかかれないぞ〜っと」
 今年は予算の関係で、学校で研究紀要の印刷と製本をすることになった。印刷はすでに終わっていたが、製本がまだだった。放課後にやる予定だったが、卒業生が昨日に引き続き手伝いに来てくれたので、子どもたちにお願いして製本作業をした。(平行して教室の片付け、CDの作成もした)全部で171ページの冊子50冊の製本作業。一枚一枚組んでいく。子どもたちはよくやってくれ、午前中でなんとか終わることができた。午後は表紙をボンドで貼り付ける作業。ここでもよく働いてくれた。ありがとう。子どもたちはまた何か手伝いに来たいといっていた。ありがたい。ありがたい。それはそうと、やることが次々に出てくる・・・・。要録に取り掛かれるのはいつになることやら。
 CDも全部で71枚作成した。同僚のPCを借りてダビング。最近のPCはほとんど例外なくCDが作れるので同時に4台を可動させて作った。予想よりも早くできた。学校からの帰り、できたCDを父親のプリンター(エプソン)で表を印刷してもらう。私のプリンターは古いので、そんな芸当はできない。全部で71枚なので大変だが、快く引き受けてくれ、大助かり。しかしCDの印刷も結構簡単に、綺麗にできるので感心した。新しいプリンターほしいなあ・・・・。
 夜は、安田小と元安田小だった男性職員で飲み会。2次会は、このメンバーで大ボーリング大会を行った。今年はボーリング熱もさめ、1月からは2回目のボーリングということで、最初はなかなか思うようにコントロールできず、1ゲーム目は141。2ゲーム目はまあまあで、177。3ゲーム目はずっこけて128。4ゲーム目は152。という結果だった。
 明日はカヤックに行きたいと思っていたが、仕事が思うように進んでいないため延期。早く終わらせてすっきりしたいよ〜。

 アメリカ・イギリスがついに戦争を開始した。こんなことがまかり通っていては、国際社会は弱肉強食の時代に逆もどりしてしまうと思う。アメリカがいいと思うか悪いと思うかで小国の運命は左右されるそんな時代になる。イラクが大量破壊兵器をもっているかもしれないという理由で大量破壊兵器をもっているアメリカが攻撃するという矛盾。
 3月19日(水)「子どもたちが手伝いに来てくれ大助かり」
 6年生の子どもはもうこない学校に出勤。子どもに会いに行くという感覚とは違い、本当に出勤って感じだ。と思っていたら、卒業生4人が仕事を手伝いに来てくれた。朝からやることはいっぱいある。机、いすの高さの調節である。これが結構大変である。しかし、この4人がよく働いてくれた。宮本氏と2人でやったらとてもじゃないがそうとう時間がかかっていたと思うが、なんとか11時ごろに終わることができた。本当にありがとう。午後は職員会、入学式の話し合い。卒業式で行った対面形式がとてもいい感じでよかったということで、入学式もこの形式でやろうということになった。今までも安田小学校の入学式は、6年生が1年生の手を引いて入場してくるというとてもいい感じの入学式をやってきたのであるが、これに対面式が加わると、もっと温かい感じになるだろうなあと思う。
 夜は、卒業記念にCDを贈りたいと思っていたが卒業式に間に合わなかったので、24日の離任式に卒業生も来る予定になっているので、そのときに渡せるようCD作りに着手した。これが結構大変で、デジタルビデオからIリンクで接続して音声だけを入れようとしたらうまくいかず映像とセットになってしまう。(だれか、いい方法があったら教えてください)仕方がないのでビデオのヘッドホン端子からPCのマイク端子に入力してみたが、今度はノイズがひどい。デオデオに行き、聞いてみたら、抵抗が入った接続コードならいいはずと言われ購入し、もう一度挑戦。モノラルになるが、今度は、まあまあクリアな音になった。マスターCDを作り、ダビングをしていくのであるが、思っていた以上に時間がかかる。明日、同僚のPCを総動員してダビングをさせてもらおう。
 3月18日(火)「卒業式」
 対面形式の卒業式。どの子も本当によくやった。「翼をください」もがんばっていたし、よびかけも、返事も。6年生としてとても立派な姿を残して卒業していった。歌の時にスクリーンに1、2年生の時の学習発表会や、5年生のときの少年自然の家、6年生の時の修学旅行、運動会、学習発表会などが映し出され、保護者の方の涙をさそった。これも、こつこつと行事の時などビデオどりしていた宮本氏のおかげである。昨年までは静止画だったのであるが、今年は、全て動画。動いている姿は、よけい心に響いてくるように感じた。子ども達は何人も涙、涙で式場を後にした。私も何度も泣きそうになったが、ぐっとこらえて、教室で最後のお話。子どもたちはもちろん保護者の方も、じっとこちらを見つめてきいてくださった。5年生の出会いの時から印象があったことを話していると、途中で隣のクラスから「さようなら」の声がしてきた。少々あせるが、まだ、時間になっていなかったので、最後まで話をした。最後に私が斎藤喜博の「一つのこと」を歌ってお別れした。
 校庭に出たら大写真撮影会となった。例年より、ずいぶん長い時間この撮影会をしていたように思った。子どもたちが帰った後、ぽっかり穴があいたような気持ちになった。
 3月17日(月)「明日は卒業式」
 明日は、卒業式。正直あまり、実感がなかった。家に帰って最後のお話のことをいろいろ考えていたり、学級だより最終号をつくったり、デジカメで撮っていた今までの写真を印刷したりしていくうちにやっと実感が出始めた。いろいろ苦労をしたけれど、もうあのやんちゃで元気な子たちと一緒の教室で勉強することもないんだなあとしみじみとした気持ちになってきた。明日はいい卒業式になりますように。
 3月16日(日)「一日中雨。・・・・ネットサーフィンだ。」
 昨日までの反動から、今日は一日ぼーっとしていた。外はずっと雨。たまには、こういう日もいいかな。それでもって、ネットサーフィンをした。昨年もちょうど今頃、野田知佑の本の影響からカヤックがしたくなってインターネットで調べたことを思い出した。
 ・・・・山口アウトドアスポーツネットワークに予約してシーカヤックをしたなあ、3月の海は冷たかったけど、気持ちよかったなあ・・・・・と思い出していると再びやりたくなった。
 3月21か23日の休みのうちのどちらかで、再びお花見カヤックなどをしてみたいなあと思い、例のサイトを覗いてみた。今までは海しか経験がないので、次にやるときは川を下ってみたいなあと思っていたのであるが、予定はどうだろうか?21日22日が錦川で23日が海という予定になっていた。21日に都合をつけて行きたいなあ。だれか、一緒に行きませんか?(ここは、ウェットスーツも貸してくれるので、沈しても大丈夫だって〜。昼食もついて7500円だし。)
 もう一つカヌー・カヤックで検索をしていたら、以前ウィークエンド寺子屋の中で話題になっていた1万円カヌーのことが出ていた。ベニヤ板を使って作成するもので、写真で見る限りでは、結構いい感じのカヌーになる。このサイトにはシーカヤックもベニヤ板を使って作るキットなども販売されていた。作る場所が大変だが、そうした場所が確保されるならば作ってみたいなあと思えるようなものだった。(このサイト
 しかし、それまでに諸帳簿を提出しないと・・・・学級経営の反省 会計報告 要録 抄本 時数集計 来年度への引継書 まだまだやることはいっぱいだ〜。
 3月15日(土)「やっと通知表が完成」
 恥ずかしい話、前任校では通知表の締め切りを守れないことがあった。しかし、ここ安田に来てからは締め切りには間に合っていた。ここ数年は、締め切りの数日前には提出できる状態が続いていたのである。実は今回、久しぶりに締め切りに間に合わなかった。なぜだか進まなかった。不思議だ。締め切りは13日。校長先生に無理を言って待っていただいている。ごめんなさい。土曜の今日は一日中、通知表に追われていたが、やっと夜中の12時半に終了。ただ、学級会計の処理や、給食費の処理など平行してやっていたので、これほど時間がかかってしまった。しかし、夜中の学校はやっぱりちょっとぶきみ。早く帰ろうっと。(通知表が終わりほっとした気持ちでこの文章を書いている。)
 3月14日(金)「卒業記念フェスティバル・・・かくれんぼ」
 前日は朝の4時半まで通知表を書いていて、ほとんど徹夜状態。もうろうとした一日になるはずだったが、子どもたちの前ではやはり元気になる、というかならざるをえないというほうが正しいか?
 学級の卒業記念フェスティバル係が企画した「卒業記念フェスティバル」を行った。内容は、10年後の自分へ手紙を書くというものと、思い出の校舎でかくれんぼをするというものである。かくれんぼは、さすがに他の学級の授業中にはできないので、「放課後の時間を使うしかないが、それでもいいか?」と係の子に聞いたがいいということだったので、児童下校の3時までは手紙を書き、その後かくれんぼということにした。職員朝礼で、了承を得ての実施。全体を2班にわけ、交代で行った。5分間かくれ、その後10分間で鬼が探すというものだった。後半は、私も隠れる方だったので、童心にもどって、教材室のカーテンの中に入ってじっと息をこらしていた。鬼が何人か来て横を通り過ぎていく。1人ほどカーテンにふれ見ようとしたのであるが、気がつかないまま、行ってくれた。このどきどき感がかくれんぼのおもしろさ。最後まで見つからずに隠れていることができた。学級の子どもたちとまた一ついい思い出ができた。
 放課後は、卒業式で流すビデオの編集を2組の宮本先生が行ってくれていたので、一緒に見る。1年生のころの学習発表会の映像なども入っていてとてもおもしろいし、なつかしいビデオになりそうである。
 夜は、8時過ぎにはさすがにダウンして眠ってしまった。
 3月13日(木)「卒業式予行練習・・・大合唱は心に響く
 卒業式予行練習。今まででは、一番集中していた。いい感じになってきた。特に歌が良くなってきた。本校の松元先生が作詞作曲をした「未来への鍵」という歌は全校で歌うのであるが、曲が進むにつれて、盛り上がってきて、最後には体育館が震えるような大合唱になった。この曲の最中、不覚にも予行練習ではあるが、うるうると来そうになった。その後、校歌を歌うのであるが、盛り上がりを受け継いで、今年度一番いい校歌ではなかったかというくらい大きな声で、良く響いた歌声になった。
 毎年思うが、松元先生の作る卒業の歌はとても素敵で、子どもたちが気持ちよく歌える歌である。是非他の学校でも採用していただきたいなあという感じの歌で、おすすめである。「安田小学校のホームページのミュージックホールを是非ご覧ください。
 3月12日(水)「今日も一日いろんなことがあった〜〜〜」
 卒業式の練習もいよいよ大詰め。今日は、校長先生にも証書の授与をやっていただき、明日の予行練習にそなえて、チェックをした。呼びかけの声の大きさはいい感じになってきた。しかし「翼をください」の合唱は、声は大きくなってきたのであるが、高音と低音があやふやな子が多く、一度音をはずすと、もとにもどれなくなるようである。実際この歌は合唱部分が平行して音程が動くようにできているため、子どもたちはどうも苦手のようだ。
 午後からは、先生ありがとう集会(謝恩会)を行った。オープニングセレモニーの劇が大爆笑だった。この劇は、1年生から6年生までの「ごめんなさい」というもので、いままで、先生たちに迷惑をかけてきたことをおもしろ、おかしく劇にして、それを演じ、最後に「○○先生、○○してごめんなさい。」という感じで次々と繰り広げられていくというものだった。低学年のころの「ごめんなさい」がここでは紹介できないくらいおもしろいものばかりで、この学年は本当に個性があるなあと改めて感心?驚いた?その後銀行ゲームをし、会食。とても和やかな雰囲気で会が行われた。最後の児童代表あいさつで私に対する感謝の気持ち(体操部のこと)がはいっていて、じ〜んときてしまった。
 放課後は、研修職員会。研究についてとったアンケート結果をもとに、小グループで来年度の研究の方向についての話し合い。具体的な案を決め、グループごとに発表をするというものである。結論はこの場ではなく、新メンバーになった来年度に決定するのであるが、今日の内容は、その時のための資料的なあつかいとなるものである。小グループで話し合うことの利点は、同じ時間でも1人1人の発言の量が増え会議が活性化することにある。実際、同じグループになった人の考えは深いところまで掘り下げて聞くことができた、また、意見の違いから口論のようにもなった場面もあり本音の会議になったように思う。基礎基本、仲間づくりという方向が多かった。(具体的な教科や方法についてはそれぞれ違っていたが・・)
 夜は、息子たちの小学校の評議員会。施設部といって、再資源回収と、奉仕作業の計画やお世話をする担当になった。  
 今日も一日いろいろなことがあったなあ〜〜。
 3月11日(火)「印刷・印刷・印刷・・」
 文集の印刷を開始。児童全員分と、メッセージをいただいた方へ送るため、全部で60ページで95部印刷をした。子どもたちが手分けをして折る。人数がいると、これだけの部数でも、結構早くできた。放課後はワックスがけ、全教職員で廊下をやるのであるが、I君が手伝いたいといって、一人になっても残ってくれた。ありがとうI君。その後、今度は研究紀要の印刷。今年度は個人研究集のような紀要のため、全部で171ページという冊子になる。この印刷は途中まで。研修部の先生で折る。途中からは、校長先生をはじめ、たくさんの先生が手伝ってくださった。感謝です。今日は、印刷づけといった感じである。
 夜は体操の練習。今日は5名が参加。益田市民体育館のトレーニングルーム。来週は卒業式なので、体操の練習は休み。次回は25日になる。
 3月10日(月)「卒業文集の作業・・・これが結構大変。」
 安田小学校の卒業アルバムは、卒業式の様子も載せるため、出来上がるのは来年度の5月ぐらいになる。しかし、子どもたちは、先生方からのメッセージ、友だちの作文など早く読みたがっているので、そこの部分だけは、更紙に印刷して文集として発行することにしている。今日は、その前段階の原稿を所定の場所に貼り付けたり、ページをシールで貼っていったりする作業を行った。これが、結構大変で、子どもたちにまかせた部分はやはり、ちょっとずれていたり、順番が違っていたりと大変だった。
 平行して、研究紀要の整理もある。目がまわりそう・・・・。明日は印刷ができるといいけど・・・。
 3月9日(日)「小さな冒険・・・おいおい仕事せにゃあ」
 天気予報では、今日は雪になるということだったが、朝はいい天気。この陽気のうちに身体を動かそうと、8時45分からサイクリング。今回も1人。多田温泉方面へ。高校時代入っていた寮があったところを通った。そこは、現在は空き地になっていた。高校の近くに新しい寮ができたそうだ。空き地になった場所は思った以上に広く感じた。器械体操部に入って熱中していたころ、真砂までのバスが早く終わってしまうということで、無理を言って寮に入らせてもらったのを思い出す。あのころは、本当に純粋に体操をやっていたなあ。
 多田温泉を抜け、細い道を更に上るて行くと、急に大きな道に出た。その道も上ってみることにした。途中、その道から右に広葉樹の大きな森が見えた。今までに来た事がない道だけに、何か荘厳な感じがした。思った以上に上り坂は長く、なかなか下りにならなかった。途中何度かUターンしようかとも思ったが、せっかくだから峠までは行こうとへとへとになりながら漕いでいった。やっと峠にきたところで、下りの方向を見ると、なにやら立派な建物が・・・そのまま下っていくとどこにいくのか分からなかったので、今回は、とりあえず、峠を制覇したということで、Uターンすることにした。ここの峠からは、遠くに海が見えた。家に帰ってインターネットの地図検索で調べてみると「松聖苑」という建物らしかった。そして、この道をそのまま下っていくと、豊川小学校の横にでるということがわかった。ちょっとした冒険気分を味わい、帰路についた。家についたのは10時すぎだった。本日のサイクリングの距離約15キロ。
 家に帰ってからは、期末整理をしなければと思いつつ、なかなか手がつかずにいた。こういう時に限って本が読みたくなったり、カヌーにいきたいなあなどと思いインターネットで調べてみたりとだらだらと他のことをして完全に仕事から逃避してし無駄な時間をすごしてしまった。でも、さすがに夜になるとやらなくてはならないので仕事モードに突入。さあ、ばりばりやって、挽回するぞ。
 3月8日(土)「期末整理のため学校へ」
 今日は、午後から学校に行って、期末整理。成績関係の仕事が思うように進まず、もう何日かかかりそうである。校庭では、スポ少のサッカーの練習をしていた。保護者のNさんとHさんがおられたので、あいさつをした。同い年の保護者のNさん。「先生、あと2回、ここで練習したら、お別れじゃあね。わしらあの大きな声ももうちょっとじゃけえがまんしてえや。」というNさんらしいあいさつ。Nさんは、ものすごい大きな声で声援(どなる?)をする保護者として有名な方である。子どもたちも試合中、この声にずいぶん助けられたと思う。
 期末整理のかたわら、机の整頓やら、文書の整理やらしていたら、あっと言う間に7時前になった。日ごろから整理整頓はやらないとあかんなあ。 
 3月7日(金)「学習公開日・・・平和学習発表」
 学習公開日。総合的な学習で平和教育に取り組んだものを保護者の前で発表した。現代の戦争の担当班は、朝からインターネットで最新情報を調べていた。実際イラクとアメリカの関係は目を離せない状況である。平和学習に取り組んで、戦争は絶対おこしてはいけないと願っている子どもたち。この願いが通じるといいのだが・・・。
 3月6日(木)「今日もいろいろあった〜 6年生ありがとう集会・名人タイム発表会・益田教育サークル」
 「6年生ありがとう集会」と「名人タイム発表会」の全校児童参加行事のダブルヘッダー。朝からばたばたして、落ち着かない。6年生ありがとう集会では、各学年の発表は、とても心がこもっており、いい雰囲気だった。特に4年生の「なんでだろう安田小学校バージョン」が楽しかった。そう言われてみるとなんでだろうというものを面白おかしく見つけていた。6年生もとても喜んでいた。しかし、6年生のお礼の歌「翼をください」がいけなかった。どういう訳か自分たちの力の半分もでていないのではないかというようなしょぼしょぼの歌になった。朝の練習の時にはまあまあだったのであるが、本番は担任二人でがっくり肩を落としてしまった。終礼時に、私たちの気持ちを伝え、「翼をください」という歌はこのままでは終われない、リベンジとして、急きょ、卒業式でも歌うことを伝えた。そして、そのときこそ、下級生の記憶に残るようなすばらしい歌にしようと語りかけた。子どもたちも神妙に聞いていたので、今日のことを振り返って反省していたのかもしれない。
 午後は名人タイム発表会。私はマジック名人の担当であるので、その発表と、特別に体操部の発表もお願いしたので、その発表の担当と、ここでもダブル。発表前の昼休みの準備では、マジック名人の地域講師の方を迎えに行ったり、発表する子どもたち(2つの団体)の間をいったいりきたりでとても忙しかった。本番では、マジックの方も体操の方もどちらも大成功だった。体操は、最後に私も特別出演して、前宙ロンダードバクテン宙返りを披露した。全校児童の前で演技をしたのは、安田小7年目にして初めてだった。来年も体操部にたくさん入部してくれることを願って。6時間目は委員会の引継ぎもあった。

 夜は、第46回目の益田教育サークル。久々に江津から大嶋さんが参加。今日も充実した2時間になった。内容は、島根大学であった「学級づくり・授業づくりステップアップ講座」の報告。我がサークルの広山氏も講師として参加したもので、新聞にも紹介されていた。他に講師としては、全国学級づくり研究会の戸田正敏氏、松江の高田氏(彼は地球環境のため・地球温暖化防止のために自分にできることは何か?という視点で自家用車通勤をやめ、自転車通勤を始めた人である。自家用車を売ったということでも、その本気度がわかる)というメンバーである。報告は、戸田氏の学級づくりについてが主だった。普段の授業の楽しさ、ユニークさがあるから、厳しさが生きてくる、その落差が必要だということが特に心に残った。伊藤氏は学級経営について。広山氏は前回残っていた、秋田附属小の報告。表現についての報告であったが、子どもたちの表情、歌声、どれをとってもすばらしかった。サークルの最後にとてもいい気持ちにさせてもらった。子どもが精一杯自分を表現している姿や声はやはりすばらしい。
 次回のサークルは、メンバーに転勤などもある可能性があるので、ちょっと落ち着いた4月10日(木)の予定。
 3月5日(水)「呼びかけ 練習開始」
 今日から、卒業式の練習を体育館で行う。いよいよ始まった。昨年度までとは違い、対面形式にするためにいすを並べたり、空間を確認したりする時間がいるため、余裕をもって計画がたっていたのであるが、やってみると、意外に早く並び、確認もスムーズにできた。その結果、予定していたよりも長く「校歌」と「君が代」の練習をする。全校での練習も早く終わり、その後、六年生だけの練習。この時、初めて呼びかけをやってみた。向山式指導法(声が小さかった人は何番何番、早口になった人は何番何番)という感じで指導していった。やはりこの方法は優れていると思った。1回目よりも2回目は随分上手にできるようになった。具体的であるし、一人一人がしっかり評価されているという感覚になるのであろう。また、番号を言われるので、声が小さいと言われても、名前で呼ばれるより抵抗がなく、ひそかに、次はがんばろうという気持ちになるのではないかと思う。
 今日も、夜遅くまで、仕事。ふ〜。家に帰ったのが10時前。
 3月4日(火)「呼びかけ 決定」
 卒業式の「呼びかけ」についてどこを誰が言うかを決定した。全員が一箇所を担当するのであるが、内容によって、それぞれ思い入れがあり、希望する場所に個性がでる。「先生を困らせたけど、思い出深い1年でした。」という箇所なども、なぜか人気があった。希望者が多い箇所はじゃんけんで決定したが、きっとどの子も精一杯がんばってくれることと思う。
 夜は、体操教室の特別練習。久々の市民体育館のフロアを使っての練習であったが、参加人数は5人とやや少なかった。フロアだと準備は大変であるが、いろいろな器具を使えるのでいい。特にミニトランポリンを使っての前宙の練習などは、回転感覚作りにとてもいい。
 3月3日(月)「会議について」
 今日は、雨。本当に最近の天気はころころと変わる。昨日は春の陽気だと思っていたのに、今日は、午後から冬に逆戻り。明日も冷え込むようだ。
 会議の仕方についていろいろと考えている。提出された議題は、報告なのか、検討し決定するものなのか、検討だけして、決定は他でやるものなのか、ということがはっきりしていないと無駄な時間ばかり過ぎるように思う。全体会に出す前に部会などで検討しているのであれば、少なくとも改善案を出し、それについて検討してもらうようにしてほしいなあと。
 3月2日(日)「ぽかぽか陽気」
 昨日は一日中雨だったが、今日は朝からとてもいい天気。1日でこれだけ違うのがちょっと不思議な感じがするほど。こういう日は、やっぱりサイクリングに行きたくなる。しかし、いろいろ仕事がたまっているため、午前中は、パソコンに向かい格闘。午後、息子たちとサイクリングに行こうとしたら、公園で友達と遊んでいたので、今回も私1人でのサイクリング。といっても、行くあてもないまま、益田川をくだり、河口へ、ぽかぽか陽気でとても気持ちいい。鴨も気持ちよさそうに水面に浮かんでいた。通ったことがない小道をぶらぶらと進んでみる。時々、犬が吠えてびっくりすることもあるが、こんなところもあったのかと小さな発見になんとなくうれしくなる。黄砂が飛んでいるような感じがした。春が近づいているのを実感。1時間ほど気持ちよくサイクリングをして帰る。16キロ弱の距離だった。
 夜も明日から始まる卒業モードのために準備。いよいよ忙しくなるぞ〜。
 3月1日(土)「人間の神秘・・・古武術
 今日、テレビをつけたら、テレビスポーツ教室をやっていた。内容はバスケットボールだった。それほど、本気で見るつもりはなかったのだが、見ていると、なんと古武術を応用したバスケットの練習方法の紹介だった。まるで、忍者映画の世界のようでびっくりした。しかも、民放ではなく、NHKのスポーツ教室に堂々と紹介されていることにとても違和感を覚えたのであるが、後半はこれは本物かも?と思える内容だった。
 体をねじらない走り方から始まり、ディフェンスの横をすりぬける方法、ミートしたと同時にワンアクションで向きをかえてドリブルをする方法、中央のラインからのランニングシュート、ワンアクションでのロングパス、9メートルぐらい離れてのシュートなど古武術のどの動きからヒントを得て開発したというような解説までしていた。本当に驚いたし、おもしろくて最期まで集中して見てしまった。
 買い物から帰ってきた妻に話すと、知っているという。彼女は読書家であるので、それを扱った本をすでに読んでいた。巨人の桑田もその古武術を応用して復活をはたしたんだよ、と教えてくれた。そしてその本を渡してくれた。「自分の頭と身体で考える 養老孟司+甲野善紀 PHP出版」という本である。その本を読んでみると、甲野善紀という武術家は、テレビでバスケットボールを実演していた桐朋高校のバスケットボール部に関わり古武術を応用して練習をしたら、それまで、東京都で20番前後が定位置だったチームが東京都の代表に選ばれるまでになったというようなことも紹介してあった。なるほど、これほどの実績があるからこそ、テレビスポーツ教室で紹介されるわけだ。納得。
 筋力を鍛えていく練習ではなく、全身の筋肉の動きを支点がある動きではなく小魚の群れのように、それぞれが意思をもったように動かすという。筋力がない人でも動かし方で可能性は広がっていくというようなことを言っていた。う〜ん人間の神秘だ。
 午後は、子どもにせがまれ、今シーズン初めてのスケート。1年ぶりのスケートで、子どもたちは大喜び。何度も何度もこけていたが・・・・。でも、それなりに滑れるようになるものだ。
 私は、2年前に学級の子どもたちと遠足で来た時に講師をしていただいた保護者の方にいろいろ教えてもらったことをなんとかマスターしたいと思い、思い出しながら練習をした。バックと、クロスの練習。クロスの練習をしているときに、スケート場の方が話しかけてくれた。「どこかでスケートをやってましたか?」「クロスの右と左、両方できる人はそんなにいないけど、とても上手ですね。」お世辞が入っているとはいえ、こういう感じでほめられるととてもうれしいものだ。大人でさえ、こうした感覚になるのだから、もっと、もっと子どもたちのいいところを見つけてほめてやならくてはと思った。

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