表現について
11月10日(月)
大工と鬼六の表現の練習をした。先週一度中止したのだが、そのときに女子が「やりたかったのにー」という不満の声。やりたくないというブーイングはいやになるが、こういうブーイングはうれしい。女子にとっては待ちに待った練習である。そういっただけあり、本当に一生懸命取り組む。男子もまだ恥ずかしそうな様子を見せるが、それでも「もっとこうしたらいいよ。」というアドバイスを素直に聞き、それなりに取り組んでいる。
恥ずかしさが表れるのは膝である。恥ずかしいと膝を使った表現ができないのだ。表現は衣装をつけないので、動作で、そのものを表さないといけない。当然普通の劇と同じような感じで演じていたのでは、だれが何の役だかわからなくなってしまう。膝を使って、自分の体の端から端までしっかり使い切ることですばらしい表現になるのである。
例えば 「ものを頂戴」という動作一つとっても、手だけを前に出すよりも、膝を使って、身体全体をぐっと前に出すことで、「ものを頂戴」を何倍にも表現できるのである。
大工に橋かけをたのむ場面まで練習して、形になってきた。といっても、表現は毎回毎回自分なりに動きを変えていくよう要求しているので間違いというものはない。ただ、精一杯体を使うということと、イメージを持って動くという点に注意しさえすれば、いいものになっていく。
放課後、生徒理解の時間。今までの生徒理解の時間は良くないことを言い合っていたのであるが、今回は子どものよさをお互いに言い合った。今までに見てはいるが、そのよさを見つけられなかったことなども出て、とても有意義な会で、しかもいい気持ちの会になった。
その会の余韻かどうかは分からないが、校長先生と教頭先生が、まさご小元気フェスティバルのオープニングの歌とエンディングの歌を短時間で作曲して、披露してくださった。なかなか感じのいい歌で、今月の歌にして、練習することになった。ただ、楽譜ができていないので、歌う様子をビデオに撮り、それを見ながらの練習になりそう。