神戸・大阪旅行
2002.12.30〜2003.1.1
 前々から行きたいと思っていたUSJ。なかなか踏ん切りがつかず、のばしのばしになっていたのであるが、この年末から正月にかけて行ってみようと決心した。
 しかし、決心したのが、なんと12月29日。こんなに急にホテルの予約ができるのだろうか?と一抹の不安がよぎるものの、まあ、なんとかなるだろう。といういつもの心境で旅行プランを考えた。妻が神戸の町を歩きたいとも言っていたので、神戸に宿をとり、そこからUSJに行くというプランである。
 早速ホテルの予約を取るためにインターネットで調べる。本当にインターネットはこういうときに便利である。空室状況まで載っているのである。いちいち電話で確認する手間がはぶけて本当に大助かり。しかし、さすがに年末年始。ほとんどのホテルが満室状態であった。特に31日の夜はどこも満室状態。しかたないので4人が同じ部屋にならなくても2人2人でわかれてもいいやと言う気持ちで、ツインの部屋が空いていたホリディーイン新神戸に確認の電話を入れた。すると、ツインでも子どもとなら添い寝すれば4人で宿泊してもいいということだった。しかも同じ値段でOKということ。即予約である。また、ありがたいことに朝食も簡単なパンやフルーツぐらいであるが、サービスで入っているということだった。これも4人でも追加料金はいらないというものだった。ちなみに料金は30日が12000円。31日が17800円というものでこれもリーズナブル。家族4人が2泊して3万円未満。納得価格。
 神戸までのルートも道路公団のホームページで六日市〜山陽道〜神戸というルートに決定した。
 30日朝とてもいい天気の中8:30に家を出発。
 6時間車に乗って神戸についた。神戸の町は8年前に大震災があったのが信じられないくらいの復興ぶりで、それらしきものは全くといってなかった。大震災という自然の猛威もすごいが、復興という人間の力も本当にすごいと改めて思う。しかし、神戸に来たからには、やはり震災に関係するところというこで、最初に向かったのは震災の被害をあえて残している場所、メリケンパークにした。

 ここは、波止場が崩れたものを残していた。また、ビデオで当時の様子を放映しており震災のものすごさを伝えてくれた。同じ敷地内に海洋博物館があり、そこに行く予定にしていたのであるが、ここは休館であった。残念。しかたがないのでこの公園内をぶらぶらと歩いた。


神戸タワーも近くにある。

 6時間も車に乗っていたので今日の観光はここまで。あとはホテルに帰り夕食の作戦を練ることに。ホテルは新神戸にしかとれなかったので、ちょっと遠いが夕食はマップルに乗っていた蛸壷という明石焼のお店に行くことにした。

 ホテルの部屋は広くていい感じの部屋だった。ただ、窓からの眺めは今ひとつ。
 夕食は夜の神戸の街を歩きながら三宮の駅にいき、近くの蛸壷へ。明石焼、たまご焼。(たまご焼きといっても、中に蛸が入っている)餃子、中華風の餅などいただく。うまかった。


 12月31日
 この日は、子どもたちが楽しみにしていた(私も)USJである。新神戸駅から直通でUSJ行きのバスが出ていた。これに乗ると40分ぐらいで行ける。値段も大人600円、子ども300円とお手ごろである。朝は3本出ていて、最終の8:40のバスに乗った。
 昨年、ディズニーランドに行ったとき、ものすごい人で大変だったので今回も31日のカウントダウンもあり人が一杯だろうとある程度は覚悟をしていた。いくつアトラクションに乗れるだろうか?と不安の中で到着した。
 ディズニーランドでは入場券を購入するところで、すでに行列ができていたのであるが、今回は意外や意外。全然並ぶことなくフリーパス券を購入でき、すぐに入場することができた。

 アトラクションもほとんど並ばずに(最高でも20分程度)入場することができた。唯一予約券を利用したのがバックツーザフューチャーだけだった。
 最初にETアドベンチャー、次にバックドラフト。これが迫力があった。火がいたるところから立ちこめ、轟音とともに建物が崩れる時(観客席も)思わず声が出るほどの迫力だった。
 次にジュラシックパーク。ここは水がかかるということで、入口でポンチョを購入し、水に備えてのスタートだったが、全然そういう雰囲気がなく油断してポンチョのフードをかけていなかった。しかし最後の急降下で・・・。下の息子はきちんとフードをかぶっていたので難を逃れたが、残り三人は見事にずぶぬれに。

 ジョーズ、バックツーザフューチャー、ターミネーター、パレードと非常にテンポよくアトラクションを巡ることができた。

 そのほか、ウッドペッカーや動物のショーなどUSJを満喫することができた。
 個人的に大変気に入ったのが、ウォーターワールドのショーだった。この寒いのに役者が水の中に入り熱演するのである。また、轟音とともにセットが爆発したり、飛行機が飛び込んできたりと迫力に圧倒されてしまった。一見の価値あり。

 夕方5時過ぎにUSJを出たが、ほとんど主なアトラクションはまわることができた。カウントダウンショーがあるのになぜ、こんなに空いているのか不思議であったが、係員に聞くと、カウントダウンショーは8時から再入場をしなくてはならないそうで、別途料金がいるということであった。今日の昼は多分普段の週末よりも人が少なかったのではないかと思う。31日のUSJ昼の部は案外穴場かもしれないと思った。
 こうして、バスに乗り帰路につく。子どもたちも大満足の様子であった。
2002年最後の夜、どうしたわけか健康だけがとりえのような私がなんと腹痛に。せっかく食べた夕食をもどしてしまうというハプニングに見舞われた。2002年で最悪の体調で大晦日を迎えた。


2003.1.1
 新年あけましておめでとうございます。
まだ、体調は本調子ではなかったが、昨夜ほどでもなかったので、予定通り異人館巡りを行う。 

 しかし、体調不十分のため精力的に異人館巡りを楽しむというより、こなすと言う感じになってしまったので今考えるともったいない気がする。もっと時間があり体調万全の時にゆっくり回りたいと思う。
 帰りは、長田区を通ってみようということで行ってみたが、やはりここの復興もすばらしく、ほとんどわからなかった。ただ、他の場所より空き地が多いような印象は受けた。そのまま2号線を進むと、途中、五色塚古墳があった。社会科の教科書などで取り上げられているので興味があって少しよってみた。ただ、正月だったために中には入ることができなかった。残念。
 それから山陽自動車道に乗り6時間の帰路につく。妻と交代の運転だったので体調不十分であってもそれほど苦にはならなかった。
 急に思い立った旅行であったが、満足のいく3日間になった。